2005年05月
2005年05月30日
2005年05月29日
2005年05月27日
2005年05月24日
2005年05月22日
2005年05月18日
2005年05月15日
だんだんと子供の物がなくなっていく。
次男がマンションを買ってパートナーと暮らし始めて半年が過ぎた。来月あたり、アメリカで結婚した長女が娘を連れて戻って来るので、我が家の次男の荷物を整理し、部屋を明け渡してもらうことにした。
終末では粗大ごみの持ち出しはできないので、処分できるのは衣類と紙と若干の不燃物。
衣類はほとんど持ち帰らず廃棄。ついでに、私も衣類を処分する。
もう少し、賢い買い物をし、捨てるものを増やさないようにしなければ。。。。
6歳の子供の写真
衣類の次に、学生時代のテストや参考書の整理をしようとして、アルバムが出てきた。息子と一緒に私も見せてもらう。
保育園卒園式の写真が可愛い。母親の代わりに長女が父兄席に座っている。私は子供の卒園式より仕事を優先したのだ。それでも卒園証書を貰ってニコニコうれしそう。
吉行淳之介の母親あぐりさんは、淳之介がランドセルを背負った小学校入学の写真を1枚だけ飾っているそうだ。一番可愛いと思う写真が1枚だけあればいいとか。ほんとうにそう。年をとったら身の回りのものは少ない方がいい。1枚だけ持つなら、この頃がよさそうだ。
2005年05月14日
2005年05月13日
半島を出よ
2005年05月10日
ユーカリ優都苑開所パーティ
ユーカリが丘は山万株式会社が1社で開発したニュータウン。京成線に新駅を作り、公害のない街を目指し、タウン内にはバスを走らせず、ラケット状にモノレールユーカリが丘線が走る。開発して35年。計画人口3万人の折り返し点である。
そのユーカリが丘の福祉の街に、6月より、「介護老人保健施設「ユーカリ優都苑」がオープンする。今日は、オープニングセレモニーと見学会だった。参加者は600人。なかなかの評判だ。
数年前、私がオーストラリア高齢者福祉事情視察研修ツアーに参加する際、ユーカリというなら、山万さんもオーストラリアの勉強されてはいかがかとお誘いし、常務さんが参加されている。あのツアーで勉強したダイバージョナルセラビーのその考え方を全面的に取り入れている。特にアウトドア・リハビリとして、日本一広いケアガーデンがある。オーストラリアで勉強したケアガーデンは認知症老人を対象にしており、外部に開かれたものではなかったが、ここの場合は、一般住民が遊びにきて優都苑入居者と交流できるようドックランも設けている。
写真はそのデイケアセンターの浴室。半寝の角度の椅子のまま入浴できる機械に見学者が注目していた。これなら、介護者は楽だし、される方も安心して気持ちよく入浴できそうだ。見学者の話だと、1台1,000万円もしているが、これがよく売れているという。日本人はお風呂が好きで、デイケアセンターは入浴サービスがメイン。入浴介護で若い介護士たちが腰痛に悩まされているという。たしかにこれはいい。しかし、1000万の機械を償却するには何人、入浴させればいいのだろうか。パーティの挨拶で、厚生労働省の役人は、「今日、衆議院を通る改定介護保険法は、厳しくなる。開所はおめでたいけれど、これからがご苦労と思う。。。。」という挨拶をしていた。
2005年05月07日
グランディーバを観ました
昨夜はグランディーバ・バレー団の公演を観てきました。
最初のプログラム「ハッピー・バースディ・バリエーション」では、ほんとうに全員が男性バレリーナなのだろうか。。。。きれいだけれど胸板が厚い。。。。。足も大きい。。。。やっぱりみんな男だ。。。。と観ていました。時々、前の方から笑い声がするのですが、笑いの意味がつかめない。前から20列の席でしたから、必要ないと思ったのですが、二幕目からはオペラグラスを借りて観ました。
面白いです。爆笑です。バレリーナひとりひとりの表情が個性的。きれいにお化粧すれば玉三郎にも負けないだろうというような美形の男性も、美しくないお化粧をしています。もの言わぬコメディアンたちは、高度なバレーテルニックとオーバーなお化粧で、悲しさ、苦しさ、おかしさを強烈に表現しています。特に「瀕死の白鳥」は必見です。
日本人の瀬川哲司さんというバレリーナも参加してしてます。小柄で美形ですから、きれいな女形が似合うはずですが、巨漢の女形の相手役で笑わせてくれます。
藝術監督のヴィクター・トレヴィレノさんはダンサーで瀕死の白鳥を踊っています。
2005年05月06日
巴金の「家」の上映会
しのはずりさんのブログに巴金の「家」の映画上映について書いてあったので、コメントを書きましたら、メールでお返事をいただきました。
7日(土)文京区のシビックホールだそうです。シビックホールのホームページのスケジュールに載っていました。
7日土曜日18:55〜でした。
2005年05月05日
母子寮の園庭
京急弘明寺駅を山手に下り、更に階段を登ると公園に出る。公園を抜けて道なりに行くと中里温泉割烹旅館の看板。仕事で泊まったことがあるが、竹林の中のごく普通の庶民的な古い建物の旅館。この季節は竹の子料理で有名。電話番号があったので、携帯で昼食の予約ができるかと聞いたが、当日の予約は駄目とのこと。残念!
当社が販売した『弘明寺・緑風台』の写真を撮り、今度は山側に上らず、思い出し思い出ししながら、下の道で駅の方向に歩く向。途中で、保母さん、保父さんと遊ぶ子供たち、園庭の向こうにアパートのような建物。確かここは母子寮だった。販売は寒い季節で、通った頃は殺風景な庭だったけれど、今回は緑も増え、園庭にジャングルジム?のような丸太作りの遊具があり、ほっとする。子供たちがいなくなったのを見計らってパチリ。
駅に戻り、弘明寺をお参りする。ゴールデンウィークのせいか参拝者が多い。おみくじは「末吉」。階段の途中に真新しい身代わり地蔵。京浜急行が献納したとある。人気らしくハンカチでなでる人が耐えない。商店街も結構賑やかで巣鴨地蔵を思い出す。
2005年05月04日
五月四日は五四運動記念日
二十数年前、社会人入試で入った大学の現代中国研究ゼミで、上級生が「五四から始めよう」と言っていたけれど、意味がわからなかった。横文字が苦手てだったので、第二外国語に中国語を選んだことから、中国に関連する授業やゼミを選んだけれど、中国に関する知識は、中学校、高校レベル。安保闘争など学生運動の空気に触れることもなく結婚し、家業と子育て以外に何にも考えずに過ごしてきた。あのゼミで若い学生さんから、岩波文庫の巴金の「家」を借りて読んだことから、中国の若者の目で日本を考えたり、日本史を見直したりする機会を得た。もちろん、女性の生き方も。。。。。。
五四運動の記念日5月4日のデモは押さえられたけれど、中国の人たちは五四を忘れることはない。今回の反日デモのお陰で、多くの日本人が五四運動を知ったのではないか。これを機会に、日本人も、あの時代の中国の小説などを読んでみるといいと思う。残念なことに、岩波文庫の「家」は絶版になったままだ。
久々に東町
この連休を利用して、当社が販売にかかわったプロジェクトを廻っている。7年ぶりくらいで下総神崎に下りる。成田から銚子へ向かう単線で20分くらい。イオカード・スイカは使えず、現金で精算して下りる。小さな駅舎が新しくなっている以外、ほとんど何も変わっていない。ホームのそばまで田んぼ。蛙が鳴いていた。
東町はここからタクシーで2,000円ちょっと。利根川を渡って茨城県になる。やはり、田んぼの若い稲の緑がきれいだ。車上から見る限り、何も変わっていない。このスピード時代に、何も変わっていないことにほっとする。
町は何も変わっていないのだけれど、稲敷郡東町は町村合併で稲敷市東町になったそうだ。稲敷町や東町が市だとすると、市という日本語の持つニュアンスが違ってしまう。それとも市になったことで、町が市らしくなっていくのだろうか。
全国のたくさんの○○郡○○村、とか○○町が市に変わっているのだろう。財政建て直しという錦の御旗で、日本の文化が壊されていくような気がする。
当社が販売した≪イトーピア東≫の家並
土地は55坪くらいだったけれど、建物が32坪〜34坪くらいと最近の家より小さめだったせいか、庭木が育つってくると家が立派にみえる。45坪クラスの家を建てた都心に近い高級分譲地より町並みも美しい。
入居者は若い現役世帯と都内近郊からのリタイア世帯と半々くらいだったが、残る宅地をミサワホームが買い取り、敷地を広く切り直し、家は平屋だけにし、リタイアメントヴィレッジとして売り出した。好評な売れ行きだったけれど。東町として住民税を納めず、町の負担が増える層ばかり転入さしてくる。。。。と嘆いていたとか。