2007年01月

2007年01月30日

ぺんぺん草学童保育所OBの母親たちの新年会

9c8d9f87.jpg学童保育所創りに奔走し、設立から運営に関わってきた母親たちの集まりです。当初は難しい年代の子供のことを話し合い、励ましあう集まりでしたが、その子供たちも30才になり、親たちも半分くらいはリタイアしています。

一番若い母親(公務員)が新しい上司(キャリアの女性の課長)の話をしてくれました。
「朝ならどんなに早くスケジュールを入れてもいい。夜は5時半には退庁する。」
と宣言し、実行し続けているのだそうです。最初は、5時半で退庁してしまうキャリア課長にブーイングがあったけれど、朝は4時半起床だそうで、子供たちが起きる前に持ち帰った書類を読み、職場では分刻みで打ち合わせを入れ、短い期間に部下の特性を把握し、仕事がスムースに進んでいる。たくさんのキャリア官僚に仕えてきたノンキャリアの彼女にとって、子育て中の女性キャリアの仕事ぶりは新鮮な驚きだったようです。(ただし、国会会期中は待機のための残業があるとか。)

 写真はその夜の松戸駅です。何故か櫻島大根が展示してありました。
 

2007年01月29日

これも一種の職場結婚

3cb74664.JPG当初の当社のホームページは、外部に発信するというより社内報のようなものでした。ふだんは本社に来ることのない社員に、会社のこと、仲間の様子を伝えるものでしたから、プロに委託せず私が作っていでした。
新社長になって、ホームページもリニューアルされましたが、パスワードで入れる形にして社員用のページを残しています。

そんなわけで、今までどおり、ホームページビルダーで、一昨日の結婚披露パーティのページをつくりました。
それにしても、社員の結婚披露宴で主賓として挨拶させていただくのはこれで3回目です。最初は、二人の子供がいる社員がお取引先の大手デベロッパーの初婚の方とゴールインでした。新しいパパに甘えて花婿さんから離れない幼い女の子の様子に、出席者みんなが心から「おめでとう」と思った披露宴でした。
次は40才になる前に結婚したいといっていた社員のぎりぎりのゴールインでした。お相手はお取引先の方で40才になったばかり、両家の皆様も職場の皆様もみんな心から「おめでとう」でした。

こういうのも一種の職場結婚でしょう。
女性ばかりの会社だからといって出会いがないわけではない。もしかしたら、年長の女性たちの中にいるので、「若く見える」というメリットがあるかもしれませんね。

2007年01月28日

寒中の中庭で結婚披露セレモニー

b8d43852.jpg結婚退職した社員の結婚披露パーティがありました。
昨年11月、メキシコのカンクンで結婚式、新婚旅行、年が明けて1月、八王子のうかい邸で披露パーティです。寒中(天気がよい暖かい日でよかった)の中庭でセレモニ、その後、3箇所に別れて鉄板焼きの食事、食卓にはカンクンの貝殻で作ったキャンドルに名前リボンを貼ったネームプレート、食事の後、一番大きな部屋に移動してデザートをいただきながら、エンディングセレモニー。。。。二人の思い(花嫁さん主導?)を込めたウェディングイベントでした。

花嫁さんは、
「ハウジングアドバイザーだけれど、しっかり営業をしたいという女性がいる」
と、お取引先の方から紹介いただいた社員です。
一通り仕事を覚え、これから一人前の営業社員として実績を上げてほしい、という時期の寿退職です。会社としては残念ですが、母親の立場で見れば、「一時期、家庭に専念するのもいいだろう」と思いますので、心から幸せを願って送り出し、お祝いさせていただきました。

当社は、子供に手がかからなくなった年代の主婦の再就職組みが主戦力の会社です。
まだ、お子さんが心配だからパートタイム勤務でスタートして少しずつ仕事量を増やしていく女性もいます。
大手不動産グループの会社を定年退職(55才)して当社に来て、60才を超えてますます営業力に磨きをかけている女性もいます。

だから披露宴の祝辞では、
「働けるようになったら、「ウェスタを思してください。」
を付け加えさせていただきました。

当社は不動産の販売会社ですが個人の成績を競わせていません。週休2日は守られているし、残業も極力少なくする工夫をしています。
不動産の営業は誠実で相手を思いやれる賢さが大事です。あとは、「諦めない、手を抜かない粘り強さ」と、「知恵を出し、汗をかく前向きな姿勢」があれば結果がついてきます。四半世紀この業界で生きてきた私の確信です。

2007年01月26日

サンタクロースの故郷は学力世界一

fbadcbcd.jpg日本の子供たちの学力低下が騒がれた2003年の国際学力調査PISAフィンランドが世界一になったことでフィンランドの教育の研究がブームなのだそうです。サンタクロースの故郷、ムーミンの物語が生まれた国です。携帯電話のシェア世界一のノキアを作っている国です。

○落ちこぼれを出さない学校
習熟度別学級編成を廃止し、ついていけなさそうな子には、特別支援教師を配置して、落ちこぼれないよう早めに支援する。親の学歴が低い、所得が低い、失業者が多い地域の学校は「積極的差別」の対象地域としてより多数の特別支援教師を配属する。

○自分で学ぶ小グループ制
できる子とできない子が同じ教室で学ぶ統合教育が基本。学力の高い子が、グループ内の同級生に勉強を教えたりしている。教えることで、できるこの子の学力は更に深く定着する。子供間のコミュニケーション能力も高まる。できない子を集めて、特別支援教師による補修をする場合は、固定化せずなるべく早く一般クラスに戻す。

○教師の質の高さ
子供の自由と主体性を重んじながら全員が高い学力をつけるには、質の高い教師が必要であり、教師は大学院の修士課程を卒業しなければならない。

足立区の教育委員会がやろうとした「学力テストで学校をランク付けし、ランクの高い学校にはご褒美に予算を余分に上げる」(バークレイは逆で、一定レベル以下の落ちこぼれを出すと予算を削られる)とか、学校選択性でバウチャー方式をとろうとか、日本はどっかへんですね。

季刊「ファム・ポリテック」の教育特集からのものです。編集スタッフがアナログ世代で、ホームページを作っていますが、惜しいかな、更新されていません。今の購読料は、年4回で2,000円です。


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2007年01月24日

ろう授業に日本手話を!玉田さん直訴で東京都が教育特区申請

龍の子学園知りませんでした。テレビや講演でもおなじみの手話は、学校教育では認められておらず、ろう学校での教育は「口話法」に限られていたのだそうです。

ところが、重度の障害のあるお子さんは唇を読む方法だけではうまくいかない。そこで、元ろう学校の先生とろうのお子さんの親たちで、日本手話によるフリースクール「龍の子学園」で無認可の授業を続けており、現在、乳幼児から小学校3年生まで57人が龍の子学園で勉強しているそうです。

都は、近く教育課程の規制を緩和する構造改革特区を国に申請する。特区の場所は、
龍の子学園のある品川区。
特区の認定がされた後、龍の子学園を運営しているNPO法人「バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター」を母体として都に学校法人の設立認可の申請をするそうです。

都の英断のきっかけは、ろうのお子さんのお母さんである玉田さんが、わが子や同じ境遇にある生徒たちを思うあまり石原都知事に直訴だそうです。
ほとんど公的支援が受けられないままの運営は、言葉に出来ないご苦労があったでしょう。⇒東京新聞報道


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2007年01月23日

ブログのカスタマイズがなんとかできました

c86a068c.JPG地域の立教会にでも立派なホームページを持つところが増えています。
リタイア層が中心の会では、IT活用は難しいのかもしれないけれど、郵便というアナログ対応を続けながら、自宅にパソコンがある人には、インターネット活用のいいのではないかと思います。こんなことがインターネットに触れるきっかけになればと、ブログで松戸立教会のホームページを思索してみました。
活用していただけるでしょうか。。。。。。。。。。。。。。
http://blog.livedoor.jp/spmatsudo/

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2007年01月21日

今日は松戸宿のお話

191b2317.jpg松戸商工会議所大会議室で、松戸立教会の新年会に参加しました。リタイア年代でスタートした会ですが、回を重ねるたびに若い方が増えています。

懇親会の前に、NPO法人松戸市民劇団理事長であり、松戸シティガイド会長でもある石上瑠美子さんに松戸の歴史についてお話いただきました。
石上さん自身、劇団の団長あり、看板女優であり、単独で活動では活弁(無声映画の弁士)、講談師ですから、講演といういより講談を聞かせていただくような面白さで、古代から中世、近世へ超特急で話し、最後は今の松戸の「売り」をお話いただきました。
松戸の歴史の話をする材料として配られた松戸宿あんないマップ(松戸宿ホームページに掲載されたもの)を見ると、私の住まいから徒歩10分の範囲です。
最後に、伊藤左千夫の小説「野菊の墓」が発表されて100年を記念して、昨年は初恋を詠った短歌を募集した文学祭を開催したそうで、野菊の墓の抜粋を朗読していただきました。



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2007年01月19日

元エックス ジャパンの TOSHI の飛び入り演奏

99917740.jpg知人からお誘いを受けて某協会の賀詞交換会に参加しました。
会の途中で、元エックスジャンTOSHIが来て、ピアノの弾き語りで歌ってくれました。高音で歌い上げるところは昔の記憶を手繰り寄せるものがありますが、エックスジャパン時代とは全く違う「癒し系の歌」です。

トークでは、児童施設、老人ホーム、刑務所等でボランティア演奏をし、喜んでもらえるのがうれしいとか、いろいろ誤解されてきたとか、子供たちと別れなくてはならなかったのが一番つらいとか、話していました。

気になって検索したら、無料で見られるエックスジャパンの動画集がありました。
ウィキペディァのTOSHIの記載には、「児童虐待の刑事告発に対して。。。」とあります。この記載では事実関係がよくわかりませんが、児童虐待の刑事告発事件は不起訴処分の決定が出ています。ただし、TOSHIが代表者である株式会社トシオフィスの施設内から保護された児童らについては、児童福祉司による指導処分が継続されています。
TOSHIのオフィシャルサイトにはマスコミの誤報道というページもあります。ここではカルト教団の問題で度々テレビに登場する紀藤弁護士を批判しています。オフィシャルサイトのMASSAGEによると「アメリカの行動科学、感受性訓練」をうたう講師の講演とのジョイントコンサートツアーをしてます。

TOSHIだけで検索してみると、
ホームオブハートとToshi問題を考える会
ホームオブハートとToshi 問題を考える
ホームオブハート事件データ集
があります。ここまで読むと、
「TOSHIはマインドコントロールされていた?広告塔に使われてた?」となってしまいます。過去の話ならいいのですが。。。

「セミナー家系図」もありました。







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2007年01月17日

劇団ふるさとキャラバンが見た地域力

847a35d6.jpg最近、劇団ふるさとキャラバンの社長を引き継いだ花岡由雄さんのお話です。
劇団ができて20年、1,000自治体以上で公演、年間400のステージを成し遂げているそうです。
団員は70数人、その半分以上が営業で、全国に散らばって、各地で力のある人を見つけ、彼らの協力を得て成功の準備をしておいて上演部隊を迎えるのだそうです。

歌舞伎(松竹)や宝塚(阪急)など大企業の経営の劇団か劇団四季位しか儲かっていない日本の演劇界にあって、ふるさとキャラバンがビジネスとして成り立っているのは、ダントツの人気俳優を作らず、地域を徹底的に取材し、脚本に生かし、地域の望むものを企画して上演する劇団だからだということでした。

各自治体の町おこし事業の情報がいっぱいのセミナーでした。


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赤朽葉家の伝説

647b2484.jpg書店の新刊コーナーで帯の「祖母。母。わたし。」が目につき、、桜庭一樹という作家が男か女かも知らずに、「ちょっと重いなぁ。。。」と思いながら
、「赤朽葉家の伝説」を買いました。

帯には「鳥取の旧家に生きる三代の女たち。。。。製鉄一族の姿を描き上げた渾身の雄編」とありますが、製鉄一族と言っても近代製鉄業一族のことではなく「たたら」の一族でした。「たたら」は古代朝鮮語の「更に加熱する」か、サンスクリット語の「熱」かで、製鉄技術はその昔、インドから中国江南、朝鮮半島を経て伝わったものとあります。鳥取は出雲です。出雲のたたらから先日、観たばかりの「出雲の阿国」の舞台につながりました。

阿国は胸を病む伝介らを連れて出雲へと帰り、故郷の人々の斐伊川(ひいかわ)の洪水による災難を知り、たたらの長・田部荘兵衛の前で天下一の踊りを見せ、洪水のもとになるたたらの砂止め工事を願い出ます。田部荘兵衛は法外な要求に激怒しますが、「砂止めは育ててくれた里の人たちへの恩返しだけではない。私はたたらの山で生まれたたたらの人間。公害を出して金儲けばかりしていると藩に疎まれて軍勢を送り込んで取り潰される。山のたたらの一族が生き残るためにも砂止めは必要だ。」と説得したのです。たたらの長の子孫が赤朽葉家?とつながってしまったわけです。

「赤朽葉家の伝説」の祖母の万葉は捨て子で私と同じくらいの年齢、母の毛毬は丙午ということで長女と同じ、語り手「私」の瞳子は孫と同じくらいです。神話の世界の最後を生きたという万葉が生きた時代はまさしく私の生きた時代なのです。時代背景の説明として語られる数々の事件を「うんうん、そうだった。そうだった。」と頷きながら読み終えました。

それにしても、若い作家(桜庭一樹さんは昭和46年生まれ)は昭和16年生まれの祖母を、41年生まれの母の人生を終了させ、孫の瞳子に過去の人として語らせてしまうんですね。

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2007年01月15日

芝・とうふ屋うかい亭

0849a606.JPG中同協婦人部の幹事の新年会が≪芝・とうふ屋うかい亭≫でありました。
ホームページから、何方かのお屋敷を料亭風に改装したのではないかと想像していたのですが、ボーリング場とゴルフの打ちっぱなしが在ったところに、一部古材を活用して新築されたものでした。

メンバーが揃うまでは、造り酒屋の雰囲気の重厚な玄関ホールで待ち、全員揃ってから係りに案内され、酒槽や仕込み大樽の間を通って階段を上り、曲がりくねった廊下を通って座敷に到着します。まるで迷路のようで、何方かが、
「非常口を確認しておいた方がいいみたいね」
と言ってました。
帰りは途中にいた仲居さんに玄関までの道順を尋ねたら、来たときと別の道を教えてくれました。

何年もかけてできた風情は望めませんが庭もなかなか立派です。大きな樹木や石を運んで来て一気に完成させたようです。東京では必要ない雪吊りもしています。
そして真上の東京タワーに負けじとライトアップしていました。



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2007年01月14日

これから、まだ、40年の人生が。。。。。

年末に、この3年足らずで実母、姉、夫を看取ったという年賀欠礼のはがきをいただき、「お会いしたい。。。。」という言葉も添えていただいていたので、数年ぶりにお会いしました。

喧嘩ばかりしていた夫婦なのにどうしてこんなに涙がでるのかと思うほど、涙々の日々だったそうです。お話をしながらも目が潤んでいる彼女に、

「だいたい1年ね。涙々していても1年経つと元気になっている。。。。」
と言ったら、
「そう、10ヶ月だった。こんなことではいけないと海外ツアーに参加した。でも、ツアーはカップルばかりで寂しい思いをしたから、今度は、一人で行くことにした。。。。」
です。

「海外旅行もいいけれど、何か仕事をした方がいいんじゃない」
と言ったら、
「夫の介護のためにと資格をとっていたので、介護の仕事を始めたの。給料は安いけれど、人に喜んでもらえるのはうれしいものだから」
と言います。

パソコンと英会話の勉強もしているそうです。加えて、空き家にしていた家を改装して賃貸に出したり、預金の運用をしたり、夫君の残してくれた資産の活用もはじめているそうです。

彼女の母親(100才を超えて亡くなった)と同じだけ生きるとすると彼女の人生はまだ40年余もある。一人息子の家庭に干渉しないためにも、彼女の精神的自立が必要だと心配したのですが、その心配は無用だったようです。



2007年01月12日

ブログのカスタマイズに挑戦

まだまだブログに用意された機能を使いこなしていないのですが、カスタマイズのひとつとして、ウェスタのロゴを入れようとしたのですが力不足でしたが、質問コーナーで検索したら、ブライングのフリースペースにHTML書き込めることがわかり、HTMLは書けないけれど、できているものをコピーして変更して書き、昨夜からかかって、ようやく右の欄の下の画像をアップしてリンクを貼ることができました。
こんなことでも私にとってはひとつの達成感です。

バナーウェスタ




バナー不動産女性会議



バナー大江戸東京音頭

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2007年01月10日

前進座正月公演「出雲の阿国」千秋楽

04515a95.jpg中小企業家同友会支部合同新年会は前進座有吉佐和子原作「出雲の阿国」の観劇会でした。吾妻寛穂さんの振付で、元気に、自由に、大らかに「傾(かぶ)けや、傾け」と踊る華やかな舞台ですが、社会派作家の有吉佐和子さんの作品らしく、阿国に自己主張させ、権力に反発させ、公害と戦わせてています。

緞帳吉祥寺の前進座劇場が出来て25年だそうです。この劇場の緞帳は中小企業家の皆さんからの寄贈です。普通の劇場の緞帳は寄贈者の名前などを刺繍していますが、舞台を楽しんでもらうために広告は邪魔だ。。。。ということで、前進座の緞帳には名前は入れなかったとか。

阿国を主演している妻倉和子さんは同友会杉並支部の会員です。6月に開催される全国女性経営者交流会では、妻倉さんの企画で前進座の女優さんたちが東京音頭・平成版≪大江戸東京音頭≫を踊ってくれることになっています。


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2007年01月09日

仕事の区切りのリフレッシュ休暇に考えたこと

e4e624cf.jpg前にこのブログでご紹介した元世界銀行副総裁西水恵美子さんの「貧困に立ち向かう仕事」が暮に届き、今回のアメリカ行きの飛行機の中で読みました。読み終えたら留学中の次女にあげて来るつもりだったのですが、もう一度読みたくて持ち帰り、帰りの飛行機で読み返しました。

西水さんは1970年入行から2003年退職される期間、北アフリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの問題にエコノミストとして取り組んでいます。時には軍事政権のトップと渡り合い、大臣の汚職の証拠を掴んで追い込んだりと、ものすごい活躍をされているのですが、それ以上に感動するのは、貧困と差別の中で、ただ生きるだけのために動物のように生きている女性たちへの西水さんのエンパワメントの実践です。エコノミストの立場から、「貧困から脱却し経済発展をさせるには女性の教育が不可欠であり効率的である」と言い切り、上から押し付けるのはなく、しっかりしたリーダーを見つけ出し、一緒に考え、支援し。。。。

私も20年近く前に、フォスターチャイルドとして支援している女の子に会いに南インドを訪問したことがあります。フォスタープラン協会の支援の入っているエリアですから、西水さんが書かれているほどの悲惨さは見えなかったのですが、それでも、まだ30代半ばのはずの私のチャイルドの母親が老女のようだったことは衝撃でした。そして、私のチャイルドは、読み書き能力も定着しないうちに「結婚してプランの管理エリア外に行ってしまった」ということで縁が切れてしまいました。。。。

この本を読みながら、1995年9月に北京で開催された第4回世界女性会議を思い出しました。ウェスタ創業の年です。7月末会社設立、8月宅地建物取引業申請、8月末退職、そして9月半ばに宅建業免許が下りるまでをリフレッシュ休暇にし、私も北京に行ったのです。
そのウェスタの社長業を離れたリフレッシュ休暇でこういう本を読むのも何かの縁を感じます。
これからも、女性にとっていいことだろうか、という視点は持ち続けたいと思います。

西水美恵子さんの連載です。
日経新聞:明日への話題
雑誌「選択」:思い出の国 忘れえぬ人々