2007年04月

2007年04月30日

昭和の日 

 昭和の日は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」とあります。ということは、復興に向かう原点の「敗戦・・・・戦争責任を含めて」をどう捉えるかとなり、この日に、昭和天皇について考えるのは自然な流れなのでしょう。

 以下は、西水美恵子さんの≪雷龍の国ブータンに学ぶ(1)≫からです。

昭和天皇に会った人々は、人柄に打たれ感動したと口を揃えて言うが、わかる。マッカーサー将軍が、自分の一身はどうなっても構わない、ただ国民を救ってやってほしい、と言う天皇に「雷に打たれたような」衝撃を受けた、とどこかで読んだ覚えがある。それもわかる。ちなみに、平和と国民の幸福を祈り象徴に徹した昭和天皇を、国王は心から尊敬していた。崩御の時の悲しみは、まるで父を亡くしたようだったと聞く。

中略

翌年。国中に轟き渡る雷龍王の雷が、人々を驚かせた。国王は、国家元首の役目を新内閣議長(首相)に譲り、国家安全保障責任以外の行政権限を内閣に委譲。信任投票による国王弾劾法案を国会に提出した。ブータン政治改革の歯車が動き出した。
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※昭和天皇がマッカーサーを訪ねる前後の6日間を描いた「Tha Sun」のDVDが3月2発売されたようです。いい映画でした。

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2007年04月29日

今日は昭和の日

20070429 今年から、昭和天皇の誕生日の4月29日の「みどりの日」が「昭和の日」になりました。いろいろな議論があるようですが、昭和の日本の史実を後世に語りついでいくきっかけになる祝日ですね。
 以下は、昭和の史実のひとつです。大江戸東京音頭を踊る子供たちに伝えたいので、改定編集中の大江戸東京音頭の振付指導DVDの前説に加えたものです。

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                       東京音頭・平成版「大江戸東京音頭」

 昭和20年、日本は戦争に負ける。外地に残された人たちが引揚げ船で舞鶴港に着く。混乱の中での帰国の旅路は険しく困難を極め、体力も弱っている。下痢患者が出て沖に戻される。入港の許可が下り港に向かう。また下痢患者が出て沖に戻される。故国を前にして何日も上陸できない。そんな引揚げ船の甲板で、夜になると、大人達が輪になって歌いながら東京音頭を踊っていた。。。。知人の幼い頃の引揚げ船の記憶です。
 東京音頭は昭和8年に誕生して爆発的にヒットし、戦前、戦中、戦後の激動の時代を通じ、日本の歌、庶民の踊りとして広く親しまれてきました。
 私たちは、 この昭和の名曲「東京音頭」を次の世代の若者たちにも伝えたい!と、東京音頭の平成バージョンをつくりました。懐かしい曲が新しい音とリズムで登場することは高齢世代にとっても心弾むことでしょう。
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2007年04月27日

国造りと組織作り ブータン国王のリーダーシップに学ぶ

d214827f.JPG中小企業女性経営者の集まりで、西水美恵子さんに講演いただきました。何度かブログでご紹介させていただいた元世界銀行の副総裁です。
   
 感銘を受けるお話がたくさんありましたが、ここでは講演のテーマのリーダーシップについてだけ紹介します。

西水さんは
 ○官僚的な世界銀行組織を改革する。
 ○アジア担当の部署で改革に成功させたら、その改革を世銀全体に広げる。
という仕事をさせてくれるという条件で、世銀の副総裁を引き受けたそうです。

副総裁就任の挨拶でブータン国王に謁見をし、
 「民が幸せになれる国造りをするのが国のリーダーである国王の仕事である」
というブータン国王の考え方に敬服し、リーダーはいかにあるべきか、について教えを乞い、
 「リーダーは権力や地位にこだわってはいけない。リーダーの最終目的はリーダーがいなくてもうまくいくようになることなのだ。」
 と教えられます。

ブータン国王西水さんは、
「民が幸せになれる国を造るのが国王の役割なら、貧困の解消が目的の世界銀行のリーダーは、顧客である被援助国の人びとが幸せになること、世銀で働いている人たちとその家族が幸せになれるようにすることである。」

辞任の挨拶と考え、トップダウンの縦割り組織ではなく、世銀の職員と被援助国の人たちの活躍をトップが下から支える組織にし、改革に成功します。そして、副総裁6年半で「これ以上続けると“みえこの改革になる”」と、ブータン国王に辞任の挨拶をし世銀を退職されました。

 2006年12月、ブータン国王も、自分が作った国王の定年65才を待たず、王位を皇太子に譲っています。立憲君主制の憲法が制定され、2007年には選挙制度による議会制度が発足するそうです。
 民主主義は革命とか敗戦を経て獲得してきたものですが、王制自らのリーダーシップで民主化するという世界史にない実践が、世界銀行の改革のモデルになり、企業経営者のリーダーシップのお手本にも。。。貴重なメッセージをいただきました。

 国王に謁見した時のことについては経済産業研究所のサイトの雑誌「選択」に詳しく書かれています。同サイトにはリーダーシップについての講演記録もあります。
 ブータン国王の写真は西水さんのサイトの「選択」からお借りしました。


2007年04月24日

花柳芳次郎先生の自伝「舞の道」

舞の道花柳芳次郎先生が自伝「舞の道」を書かれました。NPO不動産女性会議まちづくりチームが企画した“東京音頭・平成版≪大江戸東京音頭≫”の振付をしていただいた先生です。お孫さんの花柳創右さんが六世花柳芳次郎を襲名され、先生は花柳寛應になられるとありましたから、ひとつの区切りをつけられたのでしょう。

たまたまご縁があって芳次郎先生に振付けていただけるというお話をいただきましたが、私は日本舞踊界のことは何も知りませんでした。先生についても、インターネットで検索できた情報(新聞のコラム、演出・振付された舞台公演の告知程度)でしたから、驚きです。

三島由紀夫、武智鐵二、浅利啓太、長谷川一夫、中村錦之助、越路吹雪、美空ひばり、春日野八千代、天津乙女。。。。日本舞踊家の自伝というより、昭和の芸能史のようです。特に五世花柳芳次郎を襲名するまでの若い時期の記述は、戦後の復興過程の芸能界のエネルギーが伝わってきます。

大江戸東京音頭は、踊りの種類、踊りの流派、超えて一緒に踊っていただけることを願ってつくったものです。もっとも相応しい方に振付けていただいたご縁に改めて感謝しております。

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2007年04月22日

バイク好きの女性

f4cd7a25.jpgミクシのマイミク(女性)さんがプロフィールの写真をオートバイに変えました。
日記には、
黒いレザースーツを着て、休日には峠を攻めに行ったり、高速道路で限界までアクセル回したり・・・
いまでもこの季節になると、バイクに乗りたい!
奥多摩や六甲の急カーブ、阪奈道路の高速コーナーを思い出すとドキドキします。
なんて書いています。

男の人のバイク話はどうでもいい感じで聞いてしまうけれど、女性のバイクは「かっこういい!」って思ってしまう。

NPO不動産女性会議の顧問をお願いしている松村みち子さんもバイク好きの女性です。

専門は土木、
女人禁制でトンネル工事現場に入れなかった経験からこんな本を書いてます。

岐阜時代は、都市といなかをバイクで走り回ってまちづくりを考え、
最近は全国を飛び回って(バイクは下りていますが)、市民レベルの安心、安全、危機管理がテーマに研究活動をされています。

2007年04月21日

田中宇さんのメルマガ「疲弊する米軍」

田中 1960−70年代のベトナム戦争の末期、米軍は、装備の不足や作戦上の失敗や混乱、兵士の士気の低下などがひどくなり、全崩壊的な敗北へと発展した。その際、米軍の崩壊を予兆する早期のできごととして、ベトナムで戦う米軍の中堅将校や下士官の、脱走や任務遂行拒否が相次いだ。。。。。

 私の取っているメルマガ「田中宇の国際ニュース解説」の今週号からです。田中宇さんは東レ⇒共同通信⇒マイクロソフト社⇒独立、本もたくさん書いおられるようです。朝日新聞の国際シンポジウムのサイトの田中氏の紹介では、彼のメルマガの読者数は16万だそうです。私のように、こういうテーマの本を買って読むほど国際問題に関心のない層でも、メルマガなら取ってみようとなります。

 そのシンポジウムでの彼の発言です。
 「大事なのは、もうかるかどうかということだと思うんですね。僕は、年収が大体500万ぐらいなんですよ。年によっては300万ぐらいで、広告収入だけなんですよね。これだと、1人しか雇えない。朝日新聞の給料の3分の1ですよね、大体。」

 それで、ちょっとだけでも広告収入に応援したくなり、彼のホームページ用のバナーを作り、このブログの左のバナー付のLinkに加えました。地球が動くアニメーションもつけられました。メルマガのバックナンバーも読むことができます。

田中さんの写真はPR状況からお借りしました。


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2007年04月17日

キッザニアは定年後の挑戦!!

248000e4.JPG今日のロータリーの卓話は株式会社キッズシティジャパン社長の住谷栄之抄資氏、先ほどもテレビでも紹介されていたキッザイニア東京をやっている会社です。

キッザイニアは子供たちが職業体験をするパビリオンで、体験できる職種は70もある。働くとお給料ももらえる。そのお金で買い物ができるデパートもある。職業体験教育とインターテイメントを一緒にした造語≪エデュテイメント≫タウンだそうです。

住谷氏は、藤田観光で観光開発に従事、誘われて脱サラ、共同経営者としてトニーローマ、スパゴ、カプリチョ−ザのライセンスを獲得する等飲食事業。60歳で退職し、メキシコの「キッザニア」の存在を知り、ライセンスの獲得。2年の準備期間を得て昨年10月オープン。
本部はアメリカかと思ったら、メキシコでした

 ・少子化
 ・学校、家庭での教育環境
 ・知識優先の価値観
 ・地域社会との接点の希薄さ
 ・職業観の未熟さ

という環境にある日本の子供たちが職業や社会体験の実感を通して

 ・社会性を身につけ、
 ・生きる力を育み
 ・コミュニケーション力の向上をはかる

それまでのビジネス経験の上に、更に、定年後にこういう挑戦をされる。
すごいですね。

夏休みに日本に帰っている孫娘のために、キッザイニアのホームページから予約を入れましたところ、土日、夏休みは既にいっぱい、夏休み前の平日16時〜でやっと取れました。

2007年04月15日

オカンとボクと時々オトン

ebae9536.jpg封切早々の「オカンとボクと、時々オトン」を観ました。
樹木希林内田也哉子の母子がオカンを演じているせいか、オトンが内田裕也と重なってしまいます。

脇役もいいですね。
病院の借家の管理人のおばあさんが千石規子だったとは全く気づきませんでした。あれだけきたなく老ける。。。女優さんてすごい!
公式サイトの作品情報→キャストに脇役人を載せています。

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2007年04月14日

マンションの理事会、共住ネットのあつまり

3ac98e76.JPG午前中、自宅マンションの理事会がありました。
ずいぶんと久々ですが、理事の顔ぶれは知った方ばかりです。
高齢化が進んでいることを実感します。

「長い間、ほどんど留守にしていましたが、戻ってきました」
とごあいさつしたら、
「ブログ読んでますよ」
という方が複数いらっしゃいました。
マンション名で検索したら、私のブログが検索されたそうです。
自宅マンションについては、桜のことくらいしか書いていないのですが。。。

午後は、地球倶楽部コミュニケーションセンターでNPO共生の住まい全国ネットの会合がありました。
神田駅南口から1分、この立地のビルの3フロアです。
どう活用されるか注目です。
共住全国ネットの方は新しい顔ぶれが増えていました。

今日の話し合いは、今月出版した
「地域の家、生活テーマの家」
についての意見交換会です。
「前回出版で取り上げた共生型住宅は高齢者専用住宅だったけれど、
今回は多世代共生住宅が増えている。」
が今のながれなのでしょう。

2007年04月12日

ブログのご縁で女性経営者の会で講演いただく

11509afc.jpg 昨年9月、ブログでご紹介した本世界銀行副総裁西水美恵子さんが今月2週間ほど帰国されます。そして、東京中小企業家同友会女性部の総会で講演くださることになりました。

 日経新聞に連載していた西水さんのコラムについては、たくさんの方がブログで取り上げているけれど、本名で書いている方はいなかったとのこと。以来、気さくにメールのやり取りをいただきました。そして、西水さんが帰国されるというので、私一人でお目にかかるのはもったいない。多くの女性と一緒にお話をお聞きしよう!となり、女性経営者の総会での講演をお願いしましたところ気持ちよく引き受けてくださいました。

講演のテーマは、
「国造りと組織造り」
「ブータン国王のリーダーシップに学ぶ 〜 母国のウーマンパワーに寄せる期待 〜
です。

日時:4月26日 17:30〜
場所:東神田

入会希望者大歓迎ですから、
女性経営者なら、会員でなくても参加できます。
ご希望があればご紹介します。

2007年04月09日

慣らし保育。。。。たいへんだけれど充実していた時期

10a10511.jpgエレベーターで抱っこ紐で赤ちゃんを抱き、赤ちゃん用品をいれたバックを肩にかけたお母さんと一緒になりました。築30年を過ぎ、住民の高齢化が進んでいますので、赤ちゃんは心が和みます。

9時を過ぎています。出勤にはちょっと遅いでしょう。それでも、
「保育園ですか?」
と声をかけます。
慣らし保育なんです」
「慣らし保育は、直ぐに病気されるからたいへんね」
「はい、先週は熱を出されてしまって」
「そう。かわいそうに。。どちらの保育園」
平和保育園です。」
「うちは子供も孫も平和保育園にお世話になったんですよ」

と話すうちに着いてしまい、分かれて駅に向かいます。

初めて集団の中に入れば風邪もうつされる。
環境の変化でストレスが高じて夜鳴きしたりもします。
30年も40年も前の大変だった頃が思い出されます。

でも、若いお母さんは疲れている様子もなく、仕事を続けることに迷いもない様子です。
赤ちゃんに恵まれ、保育園も決まった。職場にも戻れる。幸せで充実した時期なのでしょう。頼もしいですね。

写真は抱っこ紐の広告からです。

2007年04月08日

桜の春に連れ合いを看取って。。。。

9564740d.JPG青山環境デザイン研究所所長渡辺光子先生のご主人が亡くなられました。先生は、建築の設計、施行、改修に携わる者には病気や加齢による身体機能の低下に関する知識を持ってほしいと、福祉住環境コーディネーター制度を作った方です。先生の実績の上に、介護保険による住宅改修への補助などの制度も作られています。

通夜の会場には、大きな名前が書かれた生花はなく、仰々しい祭壇もなく、しっとりとした花舞台の主役のように遺影が飾られていました。写真には映っていませんが、舞台下手には大きな桜も生けられていました。経営者の責務と長い介護生活を両立されてこられた先生は、満開の桜の中でお連れ合いとの最後の時間を過ごされ、桜の花と一緒に見送られる。これからも桜が咲くたびに、添い遂げられたお連れ合いとの最後の春を思いだされるのですね。

斎場の先生はちょっとお痩せになっていらっしゃいましたが、参列者ひとりひとりに優しいまなざしを向けてごあいさつされていました。久しぶりにお目にかかる私には微笑さえ向けてくださいました。お人柄だなぁと感慨深くお別れをさせていただきました。


2007年04月07日

テレビ寺子屋 尾木直樹氏

679952c3.jpg早朝のテレビ番組です。
地方によって放映時間が違うようですが、1976年から続いているそうです。
尾木直樹氏がいじめについて話しておられました。

2006年から始まってきた「いじめ」は第3のピーク。

第1のピーク
1985年〜87年(東京中野区富士見中の鹿川君の自殺)
世間の認識はというと、「いじめは昔からあった」とか「いじめられる側にも問題があるんじゃない」。一審判決文でも「葬式ごっこは(いじめではなく学校生活の中の)エピソード」

第2のピーク
1994年から96年(愛知県西尾市中の大河内清輝君)
子供の人権条約批准など人権感覚が高まってきて「いじめる側が悪い」という意見が圧倒的に多くなった。
スポーツ選手など有名人のコメント、
「いじめは卑怯だ!卑怯なことはやめろ!」
がいじめ自殺ストップに大きな助けになった。

第3のピーク
2006年〜
今回の特徴は、圧倒的な数の多さと高学年化(高校生にも)、陰湿化(携帯メールでいじめ)。
世間の働きかけは、いじめられている子に「死ぬな」「死んだら親が悲しむよ」

いじめられている子供は、弱い自分を情けないと思っている。生きている価値がないとまで思っている。そういう子供に「死ぬな、生きろ」というのは、うつ病の人に頑張れというのと同じ。「いじめは卑怯」という声が大きくなることがじめられている子供の自己肯定に繋がる。

寺子屋の生徒はお母さんたち(ちょっとだけおじいさん)なので、
日本では「いじめなんかしちゃいけないよ」としつけをしている家庭は9%。欧米では30%以上。これを変えて、「いじめをしない子育て」をがんばってみませんか。
で終わりました。

写真は講師紹介から使わせていただきました。

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2007年04月04日

なぜ、親業が必要なのか。。。。親業訓練講座

e3caa937.JPG 今週の卓話の講師は親業訓練インストラクター久保まゆみさんでした。
 大分前に「親業」というタイトルの本が出て、ベストセラーになったことがあります。夫婦で書店を経営していた時期で、4人目の子供はまだ産まれていなかったから、30年くらい前でしょう。家業の忙しさの中で子育てに奮闘している若い母親には、我が子を育てることに「親業」という言葉が使われていることに違和感を覚えたのを記憶しています。親業訓練協会のホームページには協会設立25年とありますから、あの時の流れが今に繋がっているようです。
 
 核家族化、コミュニケーションを育てる遊びの現象、情報の多様化、個別化等々で、今こそ、親が親になれる訓練が必用になっている。。。。のは確かですが、やっぱり、「業」という言葉には抵抗があります。親業訓練インストラクターも受講者も女性ばかり?なのも気になります。
 親業のトレーニングプログラムはアメリカの心理学者ゴードン博士が提唱したプログラムで、日本だけでなく世界に広がっているようです。各国のサイトを比較できる語学力がないのが残念です。

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2007年04月02日

新しいオフィスに新入社員

04c0dfb2.jpg 当社は新卒を採用していないので、世間の会社のように、4月の入社式というのはないのですが、今年は新人を迎えました。社会人としての経験は十数年ありますがとても緊張しています。彼女の緊張は「ウェスタで再出発しよう!」という気持ちの強さの現れでしょう。

 雑誌アエラに、フィギアスケートのコーチ、ニコライ・モロゾフ氏のインタビュー記事がありました。トリノ五輪では、引退も視野にあった荒川静香を復活させて金メダル、今年の世界フィギアスケート選手権では、トリノで惨敗した安藤美姫、高橋大輔を金メダル、銀メダルに輝かせています。
 「あなたの再生手法は、ビジネスの現場でも参考になりそうです。もし、企業で伸び悩む部下がいたら、どんなコーチングをしますか?」
 という記者の質問へモロゾフ氏は、
 「大事なのは自分の仕事に対し、情熱、愛情、そして忍耐力があるかどうか。それがあるなら、人が休んでいる時間も、一生懸命働くこと。自分がこれだけ一生懸命やてきたという自信が持てれば、自ずと道が開けるのではないでしょうか。」
 でした。
 
 同感です。この仕事で生きていこう!と新しい仕事を選んだのなら、1〜2年は、自分を甘やかさず、少々の気分転換以外の時間の全てを仕事に向けて頑張ってみることです。
 子育て中などで長時間働くことが難しい場合は、仕事の密度を濃くする。時間をかけることが無理なら期間をかける。でしょうか。

 このインタービューでは、いいコーチの条件についても質問しています。彼の答えは、
「自分の時間のほぼ100%を教え子のために費やす生活であり、そうでなければ選手との信頼関係は築けません。。。」
 これを企業の管理職に要求するのは無理ですね。