2010年05月

2010年05月23日

史誠会の松戸史跡見学会に参加

 リタイアを機会に地元のことを知ろうと思っていたところ、新選組研究会史誠会のサイトで松戸史跡見学会があると知り参加させていただきました。

 コースは
 松戸駅集合→平潟遊郭跡→千檀家→納屋河岸→旧水戸街道→善照寺(松戸七福神)→宝光院(千葉周作の父親の墓)→本陣跡→松戸宿御料傍示杭跡→眼鏡橋→松龍寺→松戸神社→戸定邸→松戸駅

20100523-1平潟神社20100523-2投込み寺






 左「水神社」として江戸川べりで水運とも関わりのあった平潟神社、右は平潟神社の斜め前にある来迎寺。来迎寺は遊郭につきものの投込み寺、遊女の死亡年齢は平均24才、年季明けの27才まであと3年が生きられなかった。。。。

20100523-2遊郭入り口20100523-2遊郭出口






 入口大門(左)から平潟河岸の土手(右)までが遊郭だった

20100523-2遊郭見返り柳20100523-2遊郭当時の街灯






 遊郭の面影を残す見返り柳と街灯。
 松戸に転居した当時(30年以上前)には、遊女が客引きをした「格子窓」のある建物が残っていて、中央大学白門会(司法試験の受験勉強会)の学生寮になっていました。

20100523-3千檀家






 平潟遊郭大門脇にあった旅館千檀家跡。千檀家は「燃えよ剣」で近藤勇が泊まったとなっています。今はビジネスホテルSENDAN-YA MATSUDO CITY HOTELになっています。ここで昼食をとりました。から揚げ、フライ、ミニサラダにコーヒーがついて500円、ワンコインランチでした。

20100523-4納屋川河岸20100523-4納屋川河岸船問屋青木家






 松戸宿の中心として栄えた納屋河岸の跡と船問屋青木家子孫の家。
 銚子で取れたと鮮魚が利根川を上って木下や布佐から陸路で松戸に運ばれ、ふたたび船で江戸日本橋に。夏場は陸路を使わず関宿まで登って江戸川を下って松戸から日本橋。

20100523-5原田米店20100523-5個人宅







20100523-5種屋20100523-5酒屋






 旧水戸街道には13代続く米や、種や、和菓子や等が今も営業しています。(原田米店は向側のマンションの1階で営業)
 この水戸街道沿いに千葉周作が修行した跡地があり(義母との間に子供ができてしまったことから棔家を出て江戸に出たことから剣で名を成すようになったとか)、周作の父親の墓、恩師の慰霊碑等見学。

20100523-6本陣跡地






 本陣は平成16年に取り壊され、玄関部分のみ博物館に残されたそうです。最近まで残っていたというのに見ていなかったのは残念です。

20100523-7松戸宿20100523-7松戸宿対岸






 松戸宿の入り口です。川の向こう側の金町に関所。
 往還河岸と呼ばれ、通りの両側には旅館、船持ち、船乗り、魚屋等があったそうです。
20100523-8眼鏡橋






 この後、眼鏡橋を渡って坂川沿いを歩き、松龍時、松戸神社を経て戸定邸見学でした。








2010年05月17日

日本居住福祉学会第10回フォーラム

20100515居住福祉学会フォーラム









 日本居住福祉学会の全国大会が法政大学市ヶ谷キャンパスで解されました。久しぶりの東京大会なので会員の研究者、学生、活動家だけでなく、建設不動産業関連の経営者や実務家にも参加してもらおうということになり、日管協日住協、全宅連、全日、高層住宅管理協会等々と地方自治体担当の方にも呼びかけています。初めての企画でしたがフォーラム会場は満席、教員食堂で開催した懇親会にも多くの方が参加していただきました。

 会員外の参加者の反応は、始めに上映した千年の山古志に感動したという声が高く、パネルでディスカッションでは野老真理子さん(大里総合管理株式会社社長)のお話への反応がとても良かったようです。野老さんの会社経営は年々進化しているようで、お話をお聞きするたびに新しい展開が加わっています。

 二日目の研究発表は例年の通りほとんどが会員です。全国各地でフィールドワークや社会貢献活動、まちづくり活動など6件の実践報告です。報告要旨集はPDFでサイトに載せました。

2010年05月14日

≪第3回藝〇座公演≫のプログラムが決まったようです

74b0eb32.jpg 藝〇座というのは東京芸術大学邦楽科日本舞踊専攻の卒業生よる一座です。
大江戸東京音頭を指導くださっている花柳達真花柳源九郎両氏がリーダーです。

日頃は違う流派で活躍している若手舞踊家たちが集まり、日本舞踊の「こころ」を継承しつつ、娯楽エンターテイメントとして楽しく見ごたえのある公演をしています。
プレビュー公演で感動して以来、毎夏、楽しみにしています。



日時:2010年8月6日 開場18時/開演18時半
場所:日本橋公会堂
演目:
《古典》 清元 三社祭(さんじゃまつり)清元 子守(こもり)
《新作》『天国か地獄』〜をんな達よ、月はまた輝く〜
全席自由¥3500(税込み)

下記は藝〇座ブログにあった主催者からのコメントです。
古典2作品は、藝○座として自信を持ってお贈りします!!若さを武器にガチで本気で踊ります!!!
新作は、今までプレビュー公演、第1回公演、第2回公演と続けて参りましたが、第3回公演では、過去の全ての要素をミックスさせた、4年間の歴史の詰まった、笑いあり涙ありのパワー溢れる作品になること、間違いなしです!!!
皆様ぜひお楽しみに!!
どうか8月6日は予定を空けておいて下さいませm(_ _)m


2010年05月08日

私は「雑巾で顔を拭くときれいになる」と言われて育ちました



私は
「ぞうきんで顔を拭くときれいになる」
と言われて育ちました。

トイレの雑巾で顔を拭かれたことはありませんが、
トイレの雑巾は白い布で作られ、顔を拭けるくらいきれいでした。

掃除機もなかった時代の日本人は
毎日、しっかり拭き掃除をして清潔に暮らしていた。

反省!
しっかり掃除しなくちゃ。。。。



kumie62 at 09:46|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

2010年05月05日

「浅草堂酔夢譚」撮影完了

a4cc88d5.jpg 浅草公会堂で撮影した映画「浅草堂酔夢譚」に観客として参加しました。浅草おかみさん会としは協力したいけれど、「5月5日の子供の日は商売のかきいれ時で抜けられない」ということでメンバーに代わって私たちが参加したものです。普通なら報酬を払って集める1000人の観客エキストラを3,500円のチケットを買わせて集めようという企画は大成功で、入り口にはキャンセル待ちの列ができていました。

 「浅草堂酔夢譚」は99分ワンカットの映画です。ヒッチコックの「ロープ」もワンカット。「ロープ」は85分なので99分ワンカットというのは世界一、ギネスに載るのだそうです。

 「ロープ」は記憶があります。高層アパートの1室が舞台、ワンカットを意識させない自然なカメラワークだったと記憶していますが、「浅草堂酔夢譚」の方は1台のカメラが舞台と観客席、階段、ロービー等を異動しながら撮り続けます。観客席からは見えない撮影もあり、ストーリーを理解しにくいまま無事撮影ができました。
 ワンカット99分というのは大挑戦だったようで、撮影終了後の舞台で監督の荻野欣士郎氏は涙してスタッフと抱き合っていました。
 


2010年05月03日

渋滞なかった連休中日

奥多摩の川合玉堂美術館吉川英治記念館に行ってきました。地元のお祭りの通行規制で若干渋滞しただけでした。

7763d33e.jpg茶摘は奥多摩風景、晩年の作です。描きながら語った玉堂のことば・・・
「後に立って写生をしていると、多分に私を意識しつつ、卑俗な会話をつつける小母さん達に驚いた」
小母さん達の表情から話の内容が察せられます。こんな素朴な生活感あふれる画にも金を使って、新芽の輝きを表現したのが憎い程しゃれています。

 絵も解説も川合玉堂美術館の公式サイトからお借りしました。
「茶摘」は5月30日まで展示されます。

 昼食は美術館隣接のいもうと屋やまめのちらし寿司をいただきました。玉堂の絵のようにやさしいお味でした。

20100503吉川英治椎のすまい20100503吉川英治住まい




20100503吉川英治書斎20100503吉川英治椎の木





 吉川英治が家族と共疎開し、昭和28年まで生活していた家(草思堂)です。元養蚕農家野村氏の住まいだったもので、幕末に建てられ、百数十年の風雪を経た建物です。記念館はこの敷地内に建てられています。

 記念館で川本喜八郎人形展をやっていました。昨年、川本喜八郎氏から寄贈された平清盛の人形のお披露目(6月6日まで)だそうです。 

 

2010年05月01日

ブログのカスタマイズができました

2263d2da.jpg 東京音頭・平成版「大江戸東京音頭」については公式ホームページのほか、練習用の動画用のサイトをアメブログで作っています。今日はその動画用サイトのカスタマイズがようやくできました。やってみれば簡単にできることだったのですが。。。。

 
 このサイトには、四世花柳寿輔振付の正調を練習用動画3つと皆さんの踊りで4つ、都民連振付の盆踊りバージョン、昭和6年にできた元祖「東京音頭」、東京音頭の元歌「丸の内音頭」と5つの動画をブログのサイドバーのフリースペースを使って並べています。動画をYouTubeにアップしそのリンクを貼っているだけです。何のソフトも使わず、無料のブログでこんなことまでできてしまう。

 
 ヘッダーに使った絵は伊藤悌三氏の「吾妻橋・凌雲閣眺望」です。墨田区側のアサヒビールあたりからのスケッチです。楽曲のCDの盤面にも使わせていただいています。震災前の浅草です。

 伊藤悌三氏はこの絵のポンポン蒸気船(吾妻橋から千住大橋行き)の経営者でした。ポンポン蒸気船は一銭蒸気(乗り合い船で乗車賃が一銭)と言われていました。終戦時3才だった私には新円切替前の記憶はないはずですが、ポンポン蒸気船のことを「一銭蒸気」と言っていた記憶があります。