旅行

2017年05月31日

慈覚大師円仁ゆかりの寺

◎ 北向観世音堂

平安時代初期の825年、慈覚大師円仁により開創された霊場。
源平争乱で焼失。1252年、再興。
本堂が北に向いているのは、わが国でもほとんど例がないが、北向観音様は北向に建立され現世利益を願い、また善光寺様は南向きに建立され阿弥陀様には未来往生を願う。

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樹齢1200年と言われる境内の桂の木。慈覚大師円仁と千手観音にまつわる伝説が残されているが、知られるようになったのは、第1回直木賞を受賞した川口松太郎が、この桂の木を舞台に、若き医師と美貌の看護婦の恋愛を書いた小説「愛染かつら」が映画化され大ヒットしたため。右の写真は映画の1シーン、田中絹代と上原謙。

◎ 天台宗別格本山 常楽寺
北向観音の本坊。ここも慈覚大師円仁の開山と伝えられている。
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常楽寺本堂の裏山の杉木立の中に立つ苔むした小さな塔は、国の重要文化財に指定されている石造多宝塔。









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信州の鎌倉と言われる別所温泉のお寺

◎崇福山安楽寺
慈覚大師円仁の開創と伝えられるが、鎌倉時代中期、鎌倉建長寺開山蘭渓道隆と同じ船で帰国した樵谷惟仙禅師により再興。長野県で一番古い禅寺。
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◎ 国宝八角三重塔

image安楽寺本堂裏を登った山腹にあります。建立は鎌倉末期、禅宗に伴って宋から伝来した様式で、禅宗式とも唐様とも言われる。八角三重塔は日本に三塔あったが焼失し、現在はこの塔のみ。


























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信州の戦没画学生慰霊美術館「無言館」に行ってきました

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記憶のパレットに書かれた名前は、無言館に展示された方のほか、絵が見つからなかった戦没画学生のお名前も。

無言館に行く手前に第二無言館「傷ついた画布のドーム」があります。ここの天上は丸く高くなっていて、傷みがひどい絵が画布の状態になって、天上いっぱいに貼られています。亡くなった画学生たちが、下界の私たちを見ているような気持ちになります。 

無言館の絵については、絵を無言館にお委せいただく際にご遺族からお聞きした絵が描かれた背景を館長の窪島誠一郎氏が書き添えた画集が出版されています。
無言館 戦没画学生「祈りの絵」
無言館を訪ねて 戦没画学生「祈りの絵第二集」
無言館の詩 戦没画学生「祈りの絵第三集」

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第二無言館から徒歩15分、前山寺山門脇に夭折の画家の館「デッサン館」があります。山門前にデッサン館バス停も。
無言館の方が圧倒的に展示数が多く迫力もありますので、こちらを先に見た方が良いかもしれません。




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2017年04月16日

栃木県壬生寺の円仁像のご開張に行ってきました。

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壬生寺は慈覚大師円仁が誕生したお寺、右は円仁像が安置されている太子堂。
円仁像は撮影禁止なのでパンフレットから。年2回ご開帳しているだけなので傷みがなく、上の写真よりお顔も衣装もきれい。

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左の山門は、本堂と共に上野寛永寺所属の学問所の門を移築。右は壬生城跡お堀の桜。

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桜吹雪の日曜日、壬生町のみなさんは今年最後の桜を楽しんでいました。

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2017年03月26日

旧市街見学 (2)

原始キリスト教の教会があった場所。教会最古の遺跡部分はバルセロナ歴史博物館に保存。現在の建物は1298年に始まり150年後に完成したゴシック様式建築。正面ファサードは1888年のバルセロナ万博に備えて改修されたネオゴシック様式。

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下左: バルセロナの守護神と言われるとエウラリアのご遺体が安置されている。
下右: エウラリアが13才で殉教したことにちなみ、13羽のアヒル。
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広場に面して、ローマ時代の遺跡も

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王の広場
コロンブスがアメリカを発見して帰国する時、王がバルセロナに来ていたので、コロンブスはバルセロナで上陸、この広場で謁見し航海の報告をしたという。
右はこの広場の壁の銃弾の跡。バルセロナが共和制側で戦ったスペイン戦争で、王制に加担したドイツ空軍の空爆によるもの。
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地下に残るローマ時代の街

王の広場の下にローマ時代の町の遺跡が発見され、地下博物館になっているそう。
通りからも建物の下を覗けるようになっている。
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半地下の小さなイスラム教会
隠れて集まっていた時期も。
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コロンブスが上陸した港でランチ

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ランチの後、アナハウスに戻り、観光をせずに休んでいた花嫁のお母さんも一緒に市場へ。
夕食は山の家から戻った花婿花嫁と日本に帰る友達でお別れの食事会。私たちは早めに切り上げて帰国準備。いい旅でした。



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2017年03月06日

旧市街を見学(1)

カタルーニア音楽堂
1905年~8年にかけて合唱団のために建設され、現在も使われているコンサートホール。
サン・パウ病院と一緒にアールヌーボー建築様式を伝える建築物として世界遺産に登録。

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ガラス張り部分は最近の建築。内側は喫茶に。
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四匹の猫(クワトロ・ガッツ)

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カタローニア音楽堂のすぐ近くの「4CATs(クワトロガッツ)」でコーヒーで一休み。1896年築。喫茶店かと思ったら奥が広くレストラン。
パリのキャバラレーの醸し出す雰囲気をバルセロナにもと作られたカフェで、芸術家達の溜まり場になった。17才のピカソもここに通うようになり、店内には彼が描いたスケッチやお店のメニュー表も展示されている。
左のイラストもピカソが描いたもの。所有者であっても店頭の看板にしたら使用料を請求されたため看板使用は取りやめ。店内に飾っておくだけなら商業使用にはならず使用料は発生しない。
ここの歴史については、こちらのブログクワトロ・ガッツ が詳しい。


☆カタルーニャ建築協会ビルのピカソの壁画

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カタルーニア建築家協会の建物の壁画はピカソの絵。バルセロナのお祭りを描いた楽しい絵。グレーの石を細かく砕いたものを下地として塗り、上に塗った白を削って描いている。

この壁画にはピカソのサインがない。ピカソが描いた原画を忠実に再現しており、出来上がったものを見てピカソ自身がサインをすることになっていた。けれど、スペイン内戦でカタルーニャ地方は共和制側で戦ったが、フランコの求めで参戦したドイツ軍の空爆により敗北。ピカソはフランコ政権に支配されるバルセロナには戻らず南仏で亡くなってしまった。

浮世絵のある傘やさん
ヨーロッパのジャポニズムがこんなところにも
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2017年03月05日

軽い朝食を取ってからお山を散歩、ランチはイカ墨のパエリア

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朝食は花婿のお母様の主導。
起きてくる人は少ないので少しでいい。
起きてきた人が自分たちで食べられるように軽いもの。
ということで、昨日の残りのスープとパンとサラミ。コーヒー、紅茶は各自で。
上に砂糖をかけたような大きなパン1個をオーブンで温めて、数人分を切る。
サラミは数ミリの斜め切り。皮は各自で剥く。
右手に塩味のサラミ、左手に甘いパン。これを交互に食べるのがここの食べ方だそう。

十数人起きてきたところで、お母様も一緒に山の方に散歩。
道端にまだ雪が

image山から戻ると、イカ墨パエリアを戸外で作ってました。
パエリアにはムール貝と死人のトランペットというこの地方の茸がいっぱい。
写真はありませんが、サラダ他に賑やかなテーブル。

今日、帰る車は3台。16時半出発。
私たち3人も婿殿の親類の方に載せていただきバルセロナに。
そうた。帰路、雪で真っ白なピレーネ山脈が見えました。















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2017年03月04日

山の家でネギ焼き「カルソッツ」〜バルセロナ3日目

結婚式の翌日は、バルセロナ市内から車で2時間半くらいの山の家に行きました。私たちは1泊ですが、2軒の家を2泊借り切っています。花婿さんの従兄弟従兄弟が50人もいるので、式当日の宴席にはい入れきれずこちらに参加する従兄弟従姉妹たちや花婿の子供時代のお友達、日本から来た花嫁のお友達が来ています。 

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昼食は裏庭で15時から、ここカタルーニャ地方の郷土料理カルソッツではじまりました。
ねぎを収穫するこの季節だけの料理だそう。
泥付きの長ネギの白い部分を焦げるまで丸焼きにし、左手で葉を持ち、右手で紙ナプキンをねぎの葉もとに巻いて握り、一気に下ろすとスルッと焦げた皮が剥げます。皮を向いたねぎの下の方をコップに入れたロメスコソースを付け、ソースが付いた下の方を上を向いた口に入れ、そのまま葉もとまで食べます。ソースはあっさり味で、1人で5-10本も食べてしまいます。

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IMG_2322カルソッツ参加者60人、宿泊者35人と決まり、花嫁さんが部屋割り。まず、両親、私達、子供連れの家族の部屋を決め、各室のドアに名前を張り、その後、お友達も手伝って若い人たちの分の部屋割り、足りない分のエキストラベット注文。なんとも忙しい花嫁。
カルソッツを十分楽しんだら家の中に入り、これもケータリングサービスの方たちが作ったチキンとソーセージのバーべキュー。
この日のアルコールは花婿さんの車でバルセロナから運んだ地ビール。
わいわい盛り上がって終わる気配がなく、私と友人は自室で一休み。







IMG_2324こちらでは一日の食事のメインは昼食。昼食にはケータリングサービスを頼んでいるが、夜は頼んでいないらしい。
自室で一眠りして元気になった友達が、
「夕食は私達が作ろう!」
と発案。
友達は調理のプロ。24時間稼働の調理工場の経営者。花婿のお母さんが2日分の夜朝食として用意した食材を確認し、スープ、スパゲッティ、サラダを作ることに。花嫁は肉は食べだないので、スープはお肉を入れる前に取り分け、スパゲティはシーチキンに。。。
私は35人分の食事作りなんて全く自信がない。ジェノベーゼソースとか大量のオリーブの実を使ったこともない。だから専ら、切れないナイフで野菜切り。
とても好評でブラボー!の声。
カルーニア風のパン他は花婿さんのお母さん。


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この夕食も深夜まで続き、その後でダンス。会場は1階の倉庫だったような部屋。音響機器は花婿のお父さんの車で持ち込み。日本からレコード持参のJJ2人とJ花婿とでJJは3人。花婿花嫁のあまーいラストダンスは5時。その後、花婿花嫁で音響機器を片付けたとか。


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2017年03月03日

記念撮影、結婚式、会食、ダンスパーティ〜バルセロナ2日目


結婚式他の案内はFacebookのイベント情報。日本人向けには花嫁さんがコメント欄に日本語で説明しています。

それによると、挙式当日の予定は、

15時から正装でサクラダラミリアで記念撮影。撮影後、花婿花嫁はロールスロイスで式場へ出発。
17時から市役所で挙式
20時半からレストランで会食
24時からクラブでダンスパーティ

サクラダファミリアで記念撮影はそういうものかと思っていたら、本来、結婚式の正装で中に入ることは禁じられているので、コートを着て入り、中に入ってから脱いでさっと撮影するという。

image着物姿のおばさんたちが違反をするわけにはいかないと、私たちは写真撮影後、無事に出て来るのを待って見送ることに。

ところが、生誕の門側から出る予定が、監視員さんに付き添われて「受難の門」から出せれてしまい、おめでたい門出なのに「受難の門」からのスタートに変更。
「生誕の門」の前で待っていた私たちは着物姿で「受難の門」側に走り、若い皆さんと一緒に見送りました。


☆ 結婚式

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市役所内の結婚式場は1373年に欧州で初めて民主主義議会が開催された議場だったところだそう。でも、ガイドさんによると、「建物は改修、改修を重ねており当時の議場とは違う。開かれた場所ということでしょう。」とのこと。

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式は無宗教、牧師の言葉のような訓示は、スペイン語ではなくカタルーニア語。その後、日本語、英語でも。
花嫁の衣装は花嫁さんが自分の希望を伝えて知人のデザイナーが作ったてもの。ブルーの部分は黒地にウェルト刺繍。「胸から肩が黒い生地」だと言われ、花嫁のお母さんも私たち心配していましたが、とても似合っていました。

☆ 結婚式後の会食@レストランLa Mar Salada

「高額なホテルの食事より、安いお値段でよりおいしい料理を召し上がってほしい」と花嫁さんが選んだお店。お店の説明や特別メニューの解説を加えたメニューも花嫁さんさんの手作り、花婿さん曰く、「僕は会社があるので印刷したものお切っただけ。私達には日本語のメニューが用意されていましたから、カタローニア版と英語版も作ったのでしょう。

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80人までというスペースに100席作ったので若干狭い。
3月3日なので雛飾りも。

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左から、生ガキ、アーテチョーク・チップス、小イワシのマリネ・・・・

さて、バルセロナ式宴会です。
席につくとすぐに食前酒が注がれる。食前酒と言っても普通のワイングラスで若干甘いワイン。飲んでいるうちに皆さんが揃い、お料理も出てくる。一斉に出てくるわけではなく、出てきた人から食べ始める。「いただきます」の習慣はなく、開会の掛け声はない。ひときり談笑し、酔いも回り始めたころに何方かが立ってご挨拶。ワイワイガヤガヤで聞こえない。さらに盛り上がって来た頃、何方かが立ち上がりグラスを上げて「乾杯!」「乾杯!」乾杯の後は延々と談笑。初めから終わりまでお酒はワインのみ。ビールがいいとか、ウィスキーいいという人はいない。
開会の掛け声がないようにお開きの声も上がらない。小さなお子様連れの方は少し早めにお帰りになったようだけれど、24時近くになって談笑が続いている。

imageダンスパーティで最初のダンスを踊る花婿花嫁が先にレストランから移動し、若い人たちが続いたので、私たち付いて行く。私たちは花婿花嫁のダンスを見て30分足らずで抜け出して帰ったけれど、最後の人たちは朝の5時半まで踊っていたそう。








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2017年03月02日

挙式の前日の観光~バルセロナ1日目

挙式の前日は花嫁のお母さんは打ち合わせ等で忙しいので、私達2人は日本人のガイドさん(日本の大手企業を早期リタイア、こちらの国のガイド資格を取得、日本とこちらの両方の年金を受給、年金受給者は医療費は全額無料とか)に半日4時間のガイドをお願いする。

こちらの昼食は14時からなので、10時から14時でサン・パウ病院とサクラダファミリアを見学。ランチはガイドさんも一緒に。その後、2人でピカソ美術館を見学。

夕食は花嫁花婿、花嫁さんのご両親、花嫁さんのお友達など日本から来たメンバー等で会食。

サン・パウ病院

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1902年から30年に建築され、1916年から病院を開業、1997年に世界遺産に登録(ピンクの線の内側)。各棟はタイルで内装されたされた美しい地下道で接続されています。

病院としての設備が古いため、2009年に病院機能を隣接地に近代的病院に移され、現在は、修復しながら一般公開されています。また、病院であった施設の意図を踏まえ、国連および欧州連合のプログラムと連携し、持続可能性、保健、教育の領域の知識センターとして使われています。

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左は病棟、男性患者用と女性患者用の2棟。重病患者用の個室はあるが全員一室の大部屋、丸い部分は談笑等気分転換するスペース。

右の写真は各棟に囲まれた庭。香りのよい花、薬草、ミカンの木ほか、患者たちが癒される庭に。(写真はWikipediaより)

下は入場者に配布された日本語ガイドです。クリックで大きくなります。

サンパウ病院

 

 

 

 

 






サクラダファミリア

1882年にビリャールの設計で着工、翌年アントニ・ガウディが引き継いで設計を一から練り直し、1926年に亡くなるまでライフワークとしてサグラダ・ファミリアの設計・建築に取り組んだ。
2005年、建設途中ながら、生誕のファサードの部分がアントニ・ガウディの作品群としてユネスコ世界遺産に登録された。
2026年完成予定(完成まで300年と言われてきたが、先端技術の導入で150年で完成を目指すことに)

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建築中のサクラダファミリア全景
完成している生誕の門
この建物を支えている亀

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内装はほぼ完成しています。Wikipediaにはこれだけですが、大きな柱のデザインの奇抜さ、ステンドグラスの量の多さには驚かされます。祈りの場というより。。。。

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ランチはガイドさん薦めの1835開業という古ーいお店。
写真がないのでお店の絵はがきです。
入り口からバーカウンターのようなところを通ると厨房。厨房が吹き向けになっており、2階席から厨房や吊るされた肉などが見える。
生まれる前の豚を焼いたものが名物と言われ初体験、
まずくはないけれど、止めておけばよかった。。。

ピカソ美術館

ピカソ美術館旧市街の裏通り、車も入りそうにない細い道にある。
日本語音声ガイドを借りて見学。

ふつうの絵を描いていた若い頃の絵を見てみると、親しみが湧いてくる。こういう絵を描いていた人が次々に変わっていく過程を見ると、変わる度に「何があったのか」と。




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2017年03月01日

友達の娘さんの結婚式でバルセロナに行きました。

image宿泊は
Ana guest hause
   に連泊。
サクラダファミリアや旧市街は徒歩圏。
https://www.google.co.jp/search?q=ana%20guest%20house%20goa&tbm=map
3人1室、朝食付で1人35ユーロ、日本から来た花嫁のお友達は1人1室45ユーロ。
朝食は果物、ハム、ソーセージ、チーズ、ナッツ類、ヨーグルト、パン数種、チョコレートケーキ、コーヒー、オレンジジュース。毎日ほとんど同じですが、どれも美味しく朝食としては充分。

上下階ふたつのコンドミニアムによるゲストハウス経営で、上の階のリビングダイニングが食事室、メインベットルーム他の全個室が客間、一部の部屋は共用バスルーム。私達の部屋は下の階のリビングダイニングだった部屋の一部を仕切ってバスルームにしたもの。リビング部分にエクストラベットを追加。他の個室等は運営者が使用。

運営者のアナさん母娘はフレンドリーで心配りがありお薦めのゲストハウスですが、アナさんによると、近々ここを閉め、イギリスでもう少し大きなゲストハウスハウスを経営されたいそう。理由は、バルセロナは規制が厳しくイギリスの方が緩いから。


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2016年03月18日

台湾初日は桃園ランタン祭り

桃園空港に夕方着き、ランタン祭りを見学後、台中へ。

新年最初の十五夜が元宵節。灯節とも言い、最後の正月を提灯で祝います。
王朝ドラマで見た灯燈をイメージしていたのでちょっと残念。
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台湾2日目:台中から影化、日月潭を経て台南、高雄まで

台中市内、宝覚寺

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宝覚寺5上は日本統治時代に亡くなった日本人の慰霊塔。置き去りになった遺骨をここに移した墓地も。

左は日本統治時代、日本軍として戦った高砂族戦死者3万人の慰霊碑。
高砂族のみなさんは特に勇敢だったと聞いていましたが、南方戦線に送られ、ほとんど全員が戦死されたそうです。










日月潭の畔に建つ文武廟

潭は水たまりの大きいもの、川がありません。
それでいて水が澄んできれいです。
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影化大仏
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台南市 赤嵌楼
オランダ統治時代(1624年 - 1662年)に建てられたプロビンティア城(オランダ語で永遠の意味)の遺跡。
明代、清代、日本統治時代(軍の病院)と長い歳月を経て、現在は台南市立歴史博物館。
右の写真の右の像は、鄭成功の攻略によりオランダが投降する文書の交換の様子。
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高雄市 
蓮池潭

周囲の市街化により、水田を蓮池にし一帯を公園として整備。
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寿山公園
高台より高雄港を一望。
高雄港は台湾最大のコンテナを扱う台湾を代表する港湾。
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デートスポットでも。
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愛河辺もランタン祭り
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台湾3日目:高雄から台東、花蓮へ

高雄 美麗島駅

世界で二番目に美しい地下鉄の駅

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高雄で出発し、しばらく南下してから山を越えて太平洋側出て海岸の道を北上。

台東
水往上流
DSC02648目の錯覚で、坂の脇の小道を歩くと小道に沿った小川が上に向かって流れているように見える。。。。
この花をはちみつ漬けにして食用にして食用






三仙台

風が強く寒いので、3つの島を見ただけ。
右はここの売店で売っていたコーヒーです。
日本統治時代、ダムを造り稲作を奨励したけれど、稲作に向かない高地に日本人がコーヒー栽培を持ち込んだ。お値段は高いですが、苦みが少なく、砂糖、ミルクなしで飲みやすいコーヒーでした。
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IMG_20160229_163025_1北回帰線ここから南が熱帯?にしてはちょっと寒過ぎ。









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アミ族の民族舞踊鑑賞



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台湾4日目:花蓮から特急電車七堵に移動、九分観光後台北へ

太魯閤渓谷
山岳一帯が国立公園。台湾を代表する景勝地。険しい断崖は珊瑚礁が海底から隆起したもので石質は大理石。大理石を侵食してできた川と、素掘りのトンネル。

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DSC02649この後、大理石工場を見学、ショッピング後、花蓮駅から特急列車で七堵駅へ

左は車中で食べたお弁当。
お弁当は日本統治時代からの文化だそうですが。。。。
80元とありますから、300円弱ですからしかたないでしょう。
驚きは購入後2時間以内で食べろ、という表示。これなら防腐剤は必要なさそう。

九分

七堵駅からバスで九分
九分という名前は昔、9軒の住まいがあり、食料、日用品を9軒分ずつ運んでいたからだそう。
日本統治下金山として栄えた町で傾斜地の古い建物が残り、独特の雰囲気が人気。

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宮崎駿の「千と千尋の神隠し」のイメージになった建物物。

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営業はしていないレトロな映画館

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左は今も使われている日本統治時代の小学校
右は、タロイモのお団子のお汁粉のようなもの。けっこうおいしい。
こんな風に見晴らしのいい食事処が多い。

九分からバスで台北へ移動し故宮博物館を見学。イヤホーンによるガイドさんの効率いい案内で1時間半コース。飲茶の夕食をすませて

士林夜市散策

三連休明けで人手が少ないよう。

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台湾最後の夜は、台湾師範大学に語学留学している知人が来てくれ夜の街へ。
つぼ焼き芋、おいしかった!

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